普段の生活を維持したまま、オフグリッド生活が可能?

信じてないでしょう? でもできるのです。そこまで技術は進んでいる。

あとはどう生活に取り込むか、そこを考えるのが実に楽しい。』

 

現代生活における重要なインフラの一つを自給する生活を送ること、

それをほぼリアルタイムかつ本人の言葉で伝えること。

 

この生活を志した動機、そしてこの生活の中で生じていく心の変化、

技術的な未成熟部分、そしてその改善方法。

 

これらのことを包み隠さずに知ってもらえるということの価値を

「オフグリッド生活の楽しみ」を通じて伝えて行きます。

 


 

第2話: 我が家に太陽光パネルがきた

 

 

蓄電池が来た翌日、ついに太陽光パネルが我が家に設置された。

4kWのシステムである。

後になって判明したことだが、

この4kWという出力では、我が家の場合は少し足らなかった。

友達と話をしたことがあるが、

普通の家庭であれば6kWぐらいあれば大丈夫だと言っていた。

しかし当然のことながら、電気の使い方はその家庭によって千差万別である。

個人宅でも、職場のように使っている人も多いと思うし、

病気の人を抱えている場合などは、例えば部屋を暖めるために

月に10万円の電気料金を払っている家庭だって存在する。

 

電気の使い方に関しては、我が家は一貫して「エコ生活」を貫いてきた。

思い起こせば、子供の頃、アパート住まいをしていた時、

電気といえば 40 W程度の電球一つで生活していた。

夜になると電球を風呂敷で多い、半分暗くし半分明るくして生活をしていた。

その後、高度成長期に突入し、おそらく洗濯機とテレビが最初に入ってきた。

そして冷蔵庫や炊飯器も 次々と使われるようになっていった。

暖房器具では、こたつは豆炭だった。

その後、電気ごたつになった。

灯油のストーブを使うようになったのは、暫く後だったと記憶している。

 

それまで冬の寒い時期、こたつが唯一の暖房だった。

そういえば、「練炭火鉢」と言うのもあった。

これはどちらかというと、暖房と言うよりは、やかんを乗せて

いつでもお湯が沸いた状態にしているためにあったような気がする。

 

https://res.cloudinary.com/hv7dr7rdf/images/f_auto,q_auto/v1506588852/554fb206e4c29ff3f9d1bf4a346b0749_gmkpu6/554fb206e4c29ff3f9d1bf4a346b0749_gmkpu6.jpg?_i=AAhttps://res.cloudinary.com/hv7dr7rdf/images/f_auto,q_auto/v1506588852/554fb206e4c29ff3f9d1bf4a346b0749_gmkpu6/554fb206e4c29ff3f9d1bf4a346b0749_gmkpu6.jpg?_i=AAaltenergyオフグリット生活個人蓄電連載offgridhouse  『普段の生活を維持したまま、オフグリッド生活が可能? 皆、信じてないでしょう? でもできるのです。そこまで技術は進んでいる。 あとはどう生活に取り込むか、そこを考えるのが実に楽しい。』   現代生活における重要なインフラの一つを自給する生活を送ること、 それをほぼリアルタイムかつ本人の言葉で伝えること。   この生活を志した動機、そしてこの生活の中で生じていく心の変化、 技術的な未成熟部分、そしてその改善方法。   これらのことを包み隠さずに知ってもらえるということの価値を 「オフグリッド生活の楽しみ」を通じて伝えて行きます。     第2話: 我が家に太陽光パネルがきた     蓄電池が来た翌日、ついに太陽光パネルが我が家に設置された。 4kWのシステムである。 後になって判明したことだが、 この4kWという出力では、我が家の場合は少し足らなかった。 友達と話をしたことがあるが、 普通の家庭であれば6kWぐらいあれば大丈夫だと言っていた。 しかし当然のことながら、電気の使い方はその家庭によって千差万別である。 個人宅でも、職場のように使っている人も多いと思うし、 病気の人を抱えている場合などは、例えば部屋を暖めるために 月に10万円の電気料金を払っている家庭だって存在する。   電気の使い方に関しては、我が家は一貫して「エコ生活」を貫いてきた。 思い起こせば、子供の頃、アパート住まいをしていた時、 電気といえば 40 W程度の電球一つで生活していた。 夜になると電球を風呂敷で多い、半分暗くし半分明るくして生活をしていた。 その後、高度成長期に突入し、おそらく洗濯機とテレビが最初に入ってきた。 そして冷蔵庫や炊飯器も 次々と使われるようになっていった。 暖房器具では、こたつは豆炭だった。 その後、電気ごたつになった。 灯油のストーブを使うようになったのは、暫く後だったと記憶している。   それまで冬の寒い時期、こたつが唯一の暖房だった。 そういえば、「練炭火鉢」と言うのもあった。 これはどちらかというと、暖房と言うよりは、やかんを乗せて いつでもお湯が沸いた状態にしているためにあったような気がする。  -再生可能エネルギーの総合情報サイト-