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「オフグリッド生活の楽しみ」

~電力会社から離れた生活~

『普段の生活を維持したまま、オフグリッド生活が可能?

皆、信じてないでしょう? でもできるのです。そこまで技術は進んでいる。

あとはどう生活に取り込むか、そこを考えるのが実に楽しい。』

現代生活における重要なインフラの一つを自給する生活を送ること、

それをほぼリアルタイムかつ本人の言葉で伝えること。

この生活を志した動機、そしてこの生活の中で生じていく心の変化、

技術的な未成熟部分、そしてその改善方法。

これらのことを包み隠さずに知ってもらえるということの価値を

「オフグリッド生活の楽しみ」を通じて伝えて行きます。

 

 


 

前回の記事:仙台―石巻―女川への小旅行 <1日目>

 


(図1)(引用元:石巻市HP)

 

 

翌日は最終日。

小雨の降りだす前に、実家の庭木の剪定を少しやってから女川に向かった。

こちらも2年ぶりくらいで、どれだけ復興したのか気になる。

いつもはレンタカーを借りたりして牡鹿半島をグルリと回るのだが、

今回は石巻線が開通しているのでそちらを利用することにした。

津波直後の写真で、女川駅が消滅しているのに驚いたものだが、それほどの高台に駅があったわけで、

津波の威力のすさまじさを当時、実感したものだ。

新しい女川駅はほぼ前と同じ場所のような気がするが、駅の前から海まではなだらかな坂になって、

開放感のある低層の今風マルシェ商店街が出来上がっていた。

港は桟橋が多少かさ上げされているだけで、面影は昔のままで復興してきていた。

ただし、港に隣接した旧街区はすべて取り払われ、商店や住宅は駅の裏側のかなり高台に全て移動したとのこと。(図1)

堤防はつくらずに、低地は津波が来ても差し支えない施設だけが立つ。

実際、津波被災地の復興方法は高い堤防を作って守るか、堤防は作らず、高台移転するかの2種類に分かれている。

石巻は前者であるが、10m程度の高さの堤防ではかえって海も見えず、

簡単にその高さを超えられてしまうのではないかという恐れがあって住民の不安はかえって大きいという。

高台移転は、時間もかかり金もかかるが、海と共に暮らして来た三陸地方の漁村地帯には合っていると私も思う。

小雨も振り出してきたので、工事中の街なかを歩くのはやめて、離島まで船でいってみようと思いつく。

江の島、出島への定期船が出ているのだが、一日2,3本しかないため島へ降りる時間はない。

もったいないが、着いたらすぐ出発する一周周遊をすることにした。

雨が徐々に強まる中、利用客2名で江の島へ向け出港した。

江の島へは今まで行ったことがないので、上陸する時間がないのがとても残念である。

船は結構な高速船で、船室から見ていると、

女川港を出るとあっという間に五部浦、横浦を過ぎ、右手に女川原発が早くも見えてきた。

これはラッキー、と思わず、デジカメで撮影する。

雨が激しく、外へ出れないので船内からだったが、噂の新しい堤防が全部見えた。

まるで要塞のような有様の女川原発であった。

http://res.cloudinary.com/hv7dr7rdf/image/upload/v1526432304/3-1_vfyvvf.pnghttp://res.cloudinary.com/hv7dr7rdf/image/upload/c_crop,h_488,w_488,x_81,y_0/h_150,w_150/v1526432304/3-1_vfyvvf.pngaltenergyオフグリット生活蓄電連載offgridhouse「オフグリッド生活の楽しみ」 ~電力会社から離れた生活~ 『普段の生活を維持したまま、オフグリッド生活が可能? 皆、信じてないでしょう? でもできるのです。そこまで技術は進んでいる。 あとはどう生活に取り込むか、そこを考えるのが実に楽しい。』 現代生活における重要なインフラの一つを自給する生活を送ること、 それをほぼリアルタイムかつ本人の言葉で伝えること。 この生活を志した動機、そしてこの生活の中で生じていく心の変化、 技術的な未成熟部分、そしてその改善方法。 これらのことを包み隠さずに知ってもらえるということの価値を 「オフグリッド生活の楽しみ」を通じて伝えて行きます。       前回の記事:仙台―石巻―女川への小旅行 <1日目>   (図1)(引用元:石巻市HP)     翌日は最終日。 小雨の降りだす前に、実家の庭木の剪定を少しやってから女川に向かった。 こちらも2年ぶりくらいで、どれだけ復興したのか気になる。 いつもはレンタカーを借りたりして牡鹿半島をグルリと回るのだが、 今回は石巻線が開通しているのでそちらを利用することにした。 津波直後の写真で、女川駅が消滅しているのに驚いたものだが、それほどの高台に駅があったわけで、 津波の威力のすさまじさを当時、実感したものだ。 新しい女川駅はほぼ前と同じ場所のような気がするが、駅の前から海まではなだらかな坂になって、 開放感のある低層の今風マルシェ商店街が出来上がっていた。 港は桟橋が多少かさ上げされているだけで、面影は昔のままで復興してきていた。 ただし、港に隣接した旧街区はすべて取り払われ、商店や住宅は駅の裏側のかなり高台に全て移動したとのこと。(図1) 堤防はつくらずに、低地は津波が来ても差し支えない施設だけが立つ。 実際、津波被災地の復興方法は高い堤防を作って守るか、堤防は作らず、高台移転するかの2種類に分かれている。 石巻は前者であるが、10m程度の高さの堤防ではかえって海も見えず、 簡単にその高さを超えられてしまうのではないかという恐れがあって住民の不安はかえって大きいという。 高台移転は、時間もかかり金もかかるが、海と共に暮らして来た三陸地方の漁村地帯には合っていると私も思う。 小雨も振り出してきたので、工事中の街なかを歩くのはやめて、離島まで船でいってみようと思いつく。 江の島、出島への定期船が出ているのだが、一日2,3本しかないため島へ降りる時間はない。 もったいないが、着いたらすぐ出発する一周周遊をすることにした。 雨が徐々に強まる中、利用客2名で江の島へ向け出港した。 江の島へは今まで行ったことがないので、上陸する時間がないのがとても残念である。 船は結構な高速船で、船室から見ていると、 女川港を出るとあっという間に五部浦、横浦を過ぎ、右手に女川原発が早くも見えてきた。 これはラッキー、と思わず、デジカメで撮影する。 雨が激しく、外へ出れないので船内からだったが、噂の新しい堤防が全部見えた。 まるで要塞のような有様の女川原発であった。-再生可能エネルギーの総合情報サイト-
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